マカロニえんぴつ「終宵」歌詞考察&徹底解説|“夜の終わり”ではなく、“命を運ぶ歌”だった🌕🌉 【TVアニメ『ワールド イズ ダンシング』オープニングテーマ 】

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マカロニえんぴつ「終宵」 MV


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『ワールド イズ ダンシング』とはどんな作品なのか

ここはかなり重要です。

普通のアニメ紹介ではなく、なぜこの作品にこの曲なのかを書きます。

作品は

  • 室町時代
  • 鬼夜叉(若き世阿弥)
  • 「なぜ人は舞うのか」
  • 能の誕生

を描く物語です。


なぜマカロニえんぴつが主題歌に選ばれたのか

公式コメントでは、

はっとりは

舞台に人生を捧げる覚悟や苦悩、自分の「良い」を信じ続ける姿勢に強く惹かれた

という趣旨を語っています。

ここから「表現者として生きる」というテーマまで掘れます。


「終宵」というタイトルが意味するもの

ここは辞書的説明ではなく

終宵=夜通し

夜が明ける直前

人生の夜

希望が差し込む瞬間

まで考察できます。


「風」は何を象徴しているのか

歌詞で最も重要なのは

風です。

歌詞では

  • 時代
  • 音楽
  • 人生
  • 想い

全部が風になります。

さらに能の世界でも風は「見えないもの」「魂」「時間」を象徴することが多い。

ここは文学的にかなり面白い章になります。


「音楽は僕を通過せず」という一節

ここは歌詞の核。

普通なら「音楽に救われた」と言う。

でも

はっとりは

音楽は長居もしない

と言う。

つまり音楽は万能じゃない。

それでも歌う。

ここがマカえんらしい。


「涙はどこ?」が意味するもの

ここも掘れます。

泣けない。

涙が枯れた。

ではなく

悪意に慣れた。

この対比が現代社会そのものです。


「命を運ぶ」とはどういうことなのか

記事最大の山場。

最後

命を運んでいると、信じて

普通なら

命を生きる

命を繋ぐ

と言う。

でも

運ぶ

なんです。

つまり

人から人へ

時代から時代へ

芸から芸へ

能から現代へ

全部繋がる。

だからこの曲は

「歌」の話でもある。


MVにも隠された「能」の世界

これは今回かなり面白い情報でした。

MVは映画監督・木村太一が担当。

さらに

  • 能舞台の基本寸法「京間三間四方」をイメージした1:1画角
  • 白ホリの空間
  • メタリックな舞台
  • 宇宙・自然・能を重ね合わせた演出

という、映像自体が能の思想を取り込んだ作品になっています。


マカロニえんぴつの作家性と「終宵」

ここで

  • なんでもないよ、
  • 悲しみはバスに乗って
  • リンジュー・ラヴ
  • 忘レナ唄

など過去曲を比較。

はっとりは昔から時間、別れ、命、を歌ってきた。

「終宵」はその集大成とも読めます。


総括

最後は

この曲は

アニメソングではない。

能の歌でもない。

「人はなぜ表現するのか」という

マカロニえんぴつからの問いなのだ。


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マカロニえんぴつ「終宵」サムネ画像

終宵 マカロニえんぴつ

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